大学受験

【大丈夫】暗記が苦手でもOK。丸暗記は無意味ですよ。

memorization

 

こんにちは、あやとです。

今回は学校の勉強で、生徒に「暗記」させる意味はない、という話をします。

本屋さんに行けば「暗記術」に関する本がたくさん並んでいます。

暗記能力欲している人たちが多いのでしょう。

ですがぼくはここに、異議を唱えます。

「は? 暗記は大事だろ、ボケが」と、イラついた方はこのページを閉じてくださいね。

 

 

断っておきたいのは、以下でいう暗記とはネガティブなイメージのものだということ。

嫌なことを嫌々覚える、というニュアンスで使います。

好きで覚えたこと、自然と覚えたことについては、暗記とはしません。

歴史

大学受験の現代文で以下のような内容の文章に出会ったことがあります。

詳細は覚えていませんが、この手のテーマは受験では頻出で、似たような話題は何度もでてきた記憶があります。

少し遠回りしますが、ゆっくり考えましょう。

 

能力の外在化

 

ぼくたち人間は、自分の能力を外在化することで、進化してきた生き物です。

人間はもともと4足歩行でしたが、手から「体重を支える」機能を足へと移し、足のみで体重を支えるようになりました。

すると空いた手は、物を持つようになったのです。

 

それまでは口で物をくわえて、運んでいました。

口から物を運ぶという機能が失われると、空いた口は言葉をしゃべるようになったのです。

 

人間はこのように、自分の体の機能をよそに移し替え、身体を退化させることで進化してきた生き物です。

 

自動車や電車ができたことによって、人間の脚力は大幅に衰えたことでしょう。

脚力という体の機能を、乗り物に移し替えたわけです。

脚力の衰えの対価として、「遠くまで短時間で移動する」能力を得ました。

 

乗り物にかぎりません。

人間の生活は豊かになっていますが、人間の身体は衰えているのです。

野生の中で生きていた人間と、現代人とを比べてもらえば分かります。現代人はずっと、弱っちいのです。

実は、豊たかになったのは「道具」です。

 

自動車をはじめとした、自分の能力を超える力を持つ「道具」

その道具を使うとで、人間は進化してきたんですね。

 

コンピューターの誕生

 

今の時代にはコンピューターがあります。

では人間はどんな能力をコンピューターに移し替えたのでしょうか?

そしてコンピューターが持つ、人間を超える能力とは何でしょうか?

 

最たる例が、暗記能力と計算能力です。

 

これこそぼくが「暗記」や「暗算」を頑張ることに意味はないと考える理由です。

せっかく新しい道具を手に入れたのです。

コンピューターに任せてしまえばいいじゃん、ってこと。

 

暗記を強要することはおかしい

何の役に立つの?

 

歴史の年代や人物の名前、覚えさせられましたよね。

最近では暗記量は少なくなっているらしいですが・・ それでも十分に多い。多すぎる。

鎌倉幕府が成立した年号を覚えることは、社会に出てから何の役にたつのでしょうか。

 

もちろん、歴史の勉強自体を否定してはいません。

歴史は繰り返すといいます。

過去を振り返ることで同じ過ちをせずにすみますし、未来へのヒントも得られます。

ですが、細かい年号・人物名の暗記に意味ありますか?

日本史で人名の漢字まで覚えさせられたんですけど。

何の役に立つのでしょう?

 

スマホやインターネットがあるこの時代に、暗記させる意味って何なんでしょうか?

 

テレビを見ていると、「漢字」のクイズ番組なんかがありますけど。

ぼくには「漢字書けるやつが頭がいい」っていう価値観が分からない。

・・スマホの「変換」ってご存知ですか?

 

漢字は読めればそれで支障はない。最低限の漢字が書ければそれでいいよねって話です。

 

暗算についても同じことが言えそうです。

・・電卓ってご存知ですか?

※ちなみにフィンランドでは九九を教えないそうですよ。
九九くらいは覚えてしまった方が楽な気がしますけどね(笑)

参考記事

 

 

0にするとは言っていない

 

こういう話をすると必ず、0か100かの思想をお持ちの方から反論がきます。

「暗記能力がないと日常生活に支障がでるでしょ」と。

 

いやいや、0にするなんて言ってないから。

セグウェイがあるからって、歩かなくていいわけじゃないでしょ。

手から足へと体重を支える機能が移ったからって、よろけたときに手で体を支えることはできるんです。

 

冒頭でも書きましたが、ここでいう「暗記」は「やらされている暗記」という意味で使っています。

やりたくてやる分にはいいんですよ。

ずっとセグウェイに乗ってたら、歩きたくなるから。

 

コンピューターという新しい道具ができたからといって、「全く暗記・暗算するべきではないとは言っていません」

好きなら別にいいんです。

否定しているのは、「暗記」であって「記憶」ではありません。

 

否定したいのは、生徒に「暗記は大事な能力」であるかのように思い込ませる一部の教師。

そして疑うことなくそれに従う生徒たちです。

 

時代の変化に対応するべき

 

ひと昔前までは、暗記にも需要があったのでしょう。

学校で生徒に暗記させることにも、意味があったのかもしれません。

 

しかし少なくとも現代においては、暗記能力の重要性は低下しています。

すべて覚えなくとも、外部のメモリに保存しておけるのですから。

 

おおげさな言い方をすれば、暗記に変わる新たな能力を獲得しないかぎり、人間は次のステップへ進めないんです。

上の世代に比べて、ぼくたちはどうしても暗記能力が衰えています。

漢字が書けない若者、多いですよね。

このままだと、劣化したままになってしまいます。

 

せっかく暗記能力が「免除」されたんです。

これはチャンスです。

暗記に変わる、新たな能力を獲得するチャンス。

暗記に配分する時間を、他のことに使うべきです。

 

暗記能力の代わりに、何を伸ばしていくか。

それは地域や個人ごとに、決定していけばいいと思います。

情操教育に力を入れるのもいいかもしれません。アートの勉強です。

あるいは思考力を鍛えるのもいいですね。

 

いずれにせよ暗記を頑張っている人たちは、時代に逆行した努力をしています。

 

では、どうするか

 

とはいえ学校の勉強では、暗記を必要とします。

そして「基本事項は暗記しなければ、応用問題に移行できない」って事情もあります。

数学の公式は、覚えていなければ、応用問題は解けません。

「公式を覚えること」自体は、絶対に必要です。

 

そこで対策としては、「暗記」ではなく「理解」するように努めてください。

「丸暗記」は最悪です。数学や物理では、少し問題が難しくなると、全く歯が立たなくなります。

 

そうではなく、「理解」が大切です。

なぜその公式が成り立つのか、分かっていますか?

ある程度、天下り的でも仕方ありません。出来る限り、理解するようにしましょう。

 

理想は・・

「基礎事項を理解する ⇒ 問題演習をする」

うちに、「いつの間にか覚えていた」という流れがベストです。

 

これを機に、勉強法を見直してみてください。

目の前のテストだけでなく、将来のことも考えてください。

せっかく勉強するなら、将来的にも役に立つ勉強をした方がお得ですよ。

 

正しい勉強法が知りたい方は、コチラの記事をどうぞ。

>>「勉強法 おすすめ」とググる暇があるなら、この本1冊だけを読んで!